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日新館童子訓
2006年 10月 04日 (水) 11:59 | 編集
半年前のこと。福山で徳川恒孝氏の講演会が開かれ、無料だったので(笑)、聞きにいきました。
眠っちゃうかもなぁと不真面目な気持ちで行ったのですが、へー!!と思うことがたくさんで、眠ることなく最後まで拝聴することができました。
一緒に来た母は、スースー眠ってましたが。母の言い訳は「だって将軍様の声がいいお声だったから、うとうとしちゃって〜(´o`;」。確かに丁寧で柔らかい語り口で、油断してると私も眠りに落っこちそうに…(・・。)ゞ

その講演の中で「日新館童子訓」の話が出て、少し興味がわいたので「日新館童子訓―現代語訳」を買っていたのですが、今になってやっと読みました。

日新館童子訓は、会津藩の藩校日新館の道徳の教科書。江戸時代の物で朱子学に則っているので、現代にはそぐわない部分もありますが、自分の生活の悪い所を再認識させられ、読んでいて心苦しくなりました^^;

人間はこの世にひとりで生きているのではありません。どんな人でも、生まれながらに三つの大きな恩を受け、その恩によって生かされているのです。その三つの大恩とは、父母の恩、先生の恩、そして社会の恩です。(中略)
もしも、正しい政治を行ない、悪事をはたらく人間には厳しい刑罰を定める人がいなかったら、世の中は一体どうなるでしょう。強い者は弱い者を押さえつけ、知恵のはたらく者は人を騙して、弱い人や正直な人は安住の場所もなくなって、天下大乱のもととなるでしょう。(中略)
父母がいなかったら自分は生まれず、よい政治を行なう主君がいなければ平和な生活ができない、これはみな、自分の「生命を保つ」という大恩なのです。

こう言われてみると、平和な生活を送っていられるのは、社会のお蔭だなーと改めて思います。平和な社会を一人で作るなんて無理、無理。先人と同時代の方々が築き上げた社会基盤にのっかって、のうのうと暮している私…社会に有用な人間になるにはどうすればよいのやら。

このような大恩に対して、これに報いるべき忠・孝・礼・儀という「人の道」を知らなければ、たとい人間の形はしていても、心は鳥やけものと同じです。

うっ、厳しい。本当の人間になるには、
・両親、きょうだい、他の人びとへのやさしい心をもつこと
・年上の人をうやまう
・友達には真心をもって接し、欠点を教えてもらったり、善悪の判断を学んだり、思いやりの心を育てる
・自分の言葉に責任をもち、誠実であること
・毎日毎日を真剣に生きて決して怠けてはならない
・好き嫌いを慎む
・しなければならないことは我慢して勤め成し遂げる
・してはならないことはこらえなければならない
等々の事を実践しなければならないと書かれています。
「思いやり」、「誠実」。口にするのは簡単だけど、体得するのは難しそう…

常に志を高くもち、清廉を信条にして遊惰を戒めなさい。精神のゆるみはおのずから顔にも行動にも表れます。精神を引き締め、姿勢を正しなさい。

私が体得?しているのは、下線部分。こんなものは、捨て去らないといけません。わかっちゃいるさ、わかっちゃいるけど〜(ーー;)

他には、主君に忠誠を尽くし、年長者を尊敬し、両親に孝行を尽くさねばならない事とその尽くし方について実に細々と記載されています。あのぉ、ちょっと極端ではありませんか?と言いたくなるような凄すぎる親孝行話もありますが、現代でも通用するなぁと思える話もあり、自分の至らなさがよくわかり反省。
年長者が好き勝手に理不尽な事をしても年少者は我慢しなければならないのかと気になりますが、「目上の人をうやまう」一辺倒ではなく、主君・上司・親にへつらってはならない、誤っている時は諫めなければならない、という教えも載っています。そう教えた以上、大人達も子供達に自らの行いを見られてると思うと気が抜けなかったでしょうね。

最後の「勇気とは何か」という説明がとてもわかりやすかった。

勇気があるとかないとかは、何か事件が起こってからでないと試すことができないものではありますが、一日一日を勤め励んで自分に打ち勝ち、善の道に進むことがすなわち勇気があるということです。心の欲に引きずられて悪の道に進むのは、勇気のない人間がすることです。自分に打ち勝つことすらできなくて、どうして物事に対して責任を果たすことができましょう。

…勇気のある人になりたいけれど、道は険しいな。怠けるなときつく書かれているけど、私は武士じゃないしなー、怠ける時があってもいいよね〜、と思う私は既にして自分に負けている勇なき者( ̄∇ ̄;)
Comment
この記事へのコメント
読んでみたいけど難しそう…漢字が
最近親孝行を模索する私としては気になりますなぁ・・・極端すぎる例・・・どんなのだろう?

なんか年取ってから
年上を敬うとか、親を大事にする、とか大事なんだって気づくんだよね。
もう遅い〜〜ってこともいっぱいあるけど後悔しても始まらないから今できることをしようと思うんだ。

私も武士じゃないから怠け放題だけど
一日に少しでもシャキッとしたり、頑張ったぞって自分に言えることができた良しとしよう
そう思ってるんだ。
2006/ 10/ 05 (木) 15: 55: 21 | URL | Qyama3 # -[ 編集 ]
うろ覚え孝行話
わぁ、こっちにもコメントありがとう〜。
この本にも、
−過ちは気付いた時に反省して直せばよい
という感じのことが書いてあったから、凹む暇があったら、悪いところを正すことに時間を割くようにしよう、と思ってるけど、怠け心に打ち勝てないかも(笑)
グリーンウッドの9巻を読んでいたんだけど、古典の立山先生、「理想があって、信念があって、ウソがない」って武士っぽい。厳格でかっこいい〜。立山先生は女性だけど(゚ー゚;

極端だと思った孝行話−その1
「年老いた母親が故郷に帰りたがり、説得しても聞かず、母・息子・お嫁さん三人で母の故郷に向かうことに。途中で路銀が尽きて、三人とも餓死寸前に。お寺に助けられて、美談を聞いたお殿様がその後の生活を援助してくれました。めでたしめでたし。」
お母さんの願いを叶えたい気持ちはわかるけど、無謀な…命を失っては元も子もないと、お母さんを諌めるべきじゃないかと。


「母親が気難しいので、息子はお嫁さんが来てもうまくいかないだろうと思っている。だけど母親に勧められるまま結婚。母親はやはりお嫁さんの文句を息子に言い、息子は『仰るとおりです。私もそう思っておりました』と離婚。母親はまた『よさそうな娘さんがいるよ』と勧め、息子もまた言われるままに結婚、また母親が不満を言い出し、また離婚」

「他人には理解しがたいけど、この息子は母のためにのみを考えて行動したのだ」みたいな説明がついていたけど、母のためなら人に迷惑をかけても孝行息子、って変な感じ。
母に結婚をいくら勧められても、母は人とうまく折り合えないのが解りきっているので毎回断りました、なら立派な話だなと思うのですが…
2006/ 10/ 07 (土) 13: 53: 42 | URL | うつゝ # -[ 編集 ]
親孝行・・・???

めでたしめでたしって・・・ありえん。
お殿様が面倒みてくれなかったら大変あほらしい結末なのでは〜〜


そんな話し参考にしてたら人類絶滅だー!
2006/ 10/ 08 (日) 23: 11: 23 | URL | Qyama3 # -[ 編集 ]
時代が違うとはいえ、
バランスを欠き過ぎだよね…
成功すればすごい親孝行かもしれないけど、失敗したら一転親不孝になりかねない行動を、教科書が推奨するなんて。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」も載せとけって思ったけど、載ってるのを見落としてるだけかも(^^;ゞ
2006/ 10/ 10 (火) 06: 14: 55 | URL | うつゝ # -[ 編集 ]
恥ずかしい〜〜っ!
過ぎたるは及ばざるがごとし ってそういう意味だったの?!
起こってしまった事はしょーがねー って感じの意味だとぼんやり思っていたよ!

30歳にして真実を知る…恥ずかしいーっ!
2006/ 10/ 10 (火) 14: 37: 19 | URL | Qyama3 # -[ 編集 ]
ドキーン(゚ー゚;)
間違ってたりして?!と思って、慌てて辞書ひいたよ^^;
ものごとには、ほどよい程度があるという意味で合ってるみたい。ほっ。
ことわざや慣用句って難しいね。
2006/ 10/ 19 (木) 07: 08: 57 | URL | うつゝ # -[ 編集 ]
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